答えではなく、問いを書き出す
紙のノートを一冊、机に置くところから始まります。新品でなくてもよく、書き終わったノートの、白いページが残っている部分でも足ります。
そこに、こう書き出します。仕事の現場で、繰り返し気になってきたことは何だろうか。たとえば、同じ手術なのに、なぜか結果が違う患者がいる、といった形です。最初の一行が、なかなか出てこないかもしれません。気になっていることなんて特にないかも、と感じる場合もあります。そう感じても、まったく正常です。
続けて、その違和感を誰かに話したことがあるか、話したとき相手はどんな反応だったか、その問いをいまでも考えているか、を書いていきます。最低でも五つ、できれば十個。
ここでいちばん大事なのは、答えではなく問いを書くことです。自分は何ができるかではなく、自分は何が気になってきたかを集めます。書き出してみると、いくつかの問いが何度も形を変えて出てきていることに気づきます。それが、その人の一つの問いです。二十年かけて手元に残ったのは、心と体は本当に切り離して扱えるのか、という一つの問いでした。
一人だけに、声に出して話す
次は、ノートに書いた問いを、信頼できる誰か一人に話してみるところです。家族でも、友人でも、同僚でも、画面越しにつながっている相手でもよいとされています。
できれば、同じ業界の外にいる人がよいとされています。同じ業界の中で話すと、それは専門的にはこうだから、と既存の枠組みで答えが返ってきてしまうためです。外にいる人は、その枠を持たずに問いを聞きます。
面白いね、と返ってくるかもしれません。もう少し聞きたい、かもしれません。全然わからない、かもしれません。返ってくる反応は、どれでもよいとされています。大事なのは、自分の問いを声に出して言葉にすることのほうです。頭の中だけにある問いと、声に出した問いは、まったく違う輪郭を持ちます。
診察室で感じた違和感を最初に話した相手も、業界の外にいる友人でした。返ってきたのは、それ、心理学っぽいね、という一言です。その一言が、進む方向を決める最初のきっかけになりました。
届ける形を、ひとつだけ試す
書き出して、一人に話したら、次はその問いを届ける形をひとつだけ試します。文章を一本書いてみる。同業の集まりで話してみる。場を開いて、その問いを話す会を持ってみる。形は何でもよいとされています。
鉄則は、ひとつだけ、という点です。複数を同時に始めると、どれも続かなくなります。ひとつ選び、ひとつ試し、返ってきた反応を観察する。反応がよければ続け、薄ければ別の形に変える。それだけです。
会社を作る、独立する、副業を本格的に始める。これらはすべて、ここから後の話になります。順番を間違えないことが、いちばん効いてきます。二十年、三十年と積み上げてきた知見や観察や判断を、現場の外で必要としている人もいます。
実際に始めると出てくる、二つの壁
三つの手順は単純ですが、簡単ではありません。始めた人が繰り返しぶつかる壁が、二つあります。
一つめは、動いてはいるのに線として繋がらない、という壁です。夜遅くに記事を読み漁り、動画を見尽くし、案内をいくつも受け取ってきた。それなのに、自分の中でどれも線としてつながらない。
これは力の問題ではなく、整理する棚がないだけだ、という見方があります。棚には、たとえばこういう並べ方があります。医師なら、組織・市場・自分・資産という四つの柱。看護師・理学療法士・作業療法士・薬剤師なら、現場・現場で名前・伝える・直接届ける・資産という五つの形。どちらも、これまでの活動をいったん置き直すための枠です。並べ直してみると、散らかっていたのではなく、棚がなかっただけだったと分かります。
二つめは、集めるだけでは足りないと分かった、けれど誰に払えばいいのかが分からない、という壁です。
参加費のかからない情報をいくら集めても、自分の中の値踏みの目盛りは育ちません。いい値段で価値を受け取る側を経験することが、その目盛りを育てる最初の一歩になる、という見方です。自分はこの時間に、いくらの価値があると判断したのか。それを自分の財布で確かめた経験が、目盛りを目覚めさせます。百時間ぶんの情報を集めても、そこは動きません。
では、誰に払えばいいのか。ここが最大のつまずきになります。現場の言葉が通じる相手で、なおかつ外の世界で価値を見抜く目線を持っている相手。その二つを兼ね備えた人は、日本にはまだほとんどいません。だからこそ、その稀な相手を見つけること自体が、最短の道のりの一部になります。
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