「また同じことを繰り返してしまった」と責める声
自分と深く向き合う時間には、自分を責める方向へ進みやすい瞬間があります。「なぜ自分はこうなんだろう」「また同じことを繰り返してしまった」。こうした言葉は、気づかぬうちに本人を追い込んでいきます。
自己探求のトレーニングでは、受講される方が自分の深い部分に触れます。深いところに触れるほど、責める声も出やすくなる。だからこそ、この流れにどう向き合うかを、場の設計として考えておくことが大切になります。スラトレ®のトレーニングに「褒める」が組み込まれているのは、この流れへの備えとしてです。
褒めることは、性格ではなくて設計です
褒め上手、と聞くと、生まれ持った才能の話に聞こえるかもしれません。けれども、ここでの褒めは、そうした話ではありません。どこに光を当てるか。どのタイミングで声をかけるか。どんな言葉で伝えるか。この三つをその都度選び直しているという意味で、褒めは即興ではなく設計です。受講される方が自分で自分を認められるようになるための、伴走の手法のひとつとして組み込まれています。
「そこに気づいたこと自体が素晴らしい」。こうした声かけは、責める流れに楔を打ち込み、本人の内側に、責める声とは別の新しい声を育てていきます。
結果を褒めると、プレッシャーになります
褒める対象は、結果ではなく過程です。対話ノートで深いところに降りていけたこと。弱さを言葉にできたこと。いまこの瞬間に立ち上がっている、その選択。
結果だけを褒めると、次も結果を出さなくては、というプレッシャーが生まれます。過程を認めると、挑戦しているその姿を受けとめてもらえた、という感覚が残ります。似ているようで、この二つは働きが違います。結果は日によって出たり出なかったりしますが、向き合おうとしている過程は、どの回にもあるものです。この微細な違いが、トレーニングの安心感を決めていきます。
最後は、自分で自分に出せる許可へ
花開くためには、「ここで咲いていい」という許可のような感覚が支えになります。過程への褒めは、この感覚を育てるためのものですが、他者から与えられる許可のままでは終わりません。目指しているのは、受講される方が自分で自分に出せるようになる許可です。
つまり、褒めることは、気持ちよくさせるためのサービスではなく、自己承認の土台を育てる土壌づくりです。外からの褒め言葉が要らなくなる日を目指して、褒める。矛盾しているように聞こえますが、これが伴走という仕事の形だと考えています。自分で自分を認められるようになったとき、外からの声は静かに役目を終えていきます。
スラトレ®は、自分の才能を、自分で扱えるようになるためのメンタル思考トレーニングです。いまの才能タイプと思考のクセが六角形で出る、30の質問を置いています。