先生の時間の外で、自分でもやっていたこと
Dr.EKOは心理の先生のもとに6年通っています。
宿題を真面目にこなし、半年ほどで、あんなに悩んでいたのは何だったんだろう、と思うところまで進みました。
通うのと並行して、自分でも勉強を始めています。
先生と会う時間の外で、自分の考えを紙に書いて整理する方法を、自分用に組み立てていました。
これが、のちのスラトレ®の原型です。
組み立てた動機は、単純でした。
先生と会うのは月に数回で、カチンと来る場面は毎日あるからです。
会う日まで持ち越すと、何に反応したのかが分からなくなります。
スタンフォードで、それを見せました
体の専門家として、Dr.EKOはスタンフォード大学に日本人として初めて研究者として招かれています。
滞在中には、心理学と精神医学の講座も受講しました。
その場で、自分用に組み立てていたノートの方法をローラ博士に見せています。
返ってきた言葉が、これを持って日本人を救いなさい、でした。
言ったのは、この領域を長く研究してきた人です。
世界中から材料が集まる場所で、それを見てきた人の言葉でした。
自分用のものが、人に渡せるものになった場面
それまでこのノートは、Dr.EKO1人のためのものでした。
自分に合うように削って、足して、を繰り返しただけのものです。
人に見せる前提で作ってはいません。
見せた相手は、この分野を仕事にしている人です。
その人が、これは自分1人のものにしておくものではない、と言った。
ここで、ノートの位置づけが変わりました。
自分に効いたものが人にも効くとは限りません。
ただ、効く形になっているかどうかを判定できる人はいます。
その判定を受けたことが、外へ出す踏ん切りになりました。
いまも、そのときの作りのまま渡しています
スラトレ®は、あの日のノートから作り変えてはいません。
自分に合うように削って足していける、という作りをそのまま残しています。
渡すのは完成品ではなく、削り足しできる形のほうです。
受けた人が最初にすることも、当時と同じです。
ノートを開いて、その日に引っかかったことを一つ書く。
ここから先が、それぞれの形に分かれていきます。
分かれた形は、人に見せるものではありません。
自分に合うところまで削って、足りないところを足した結果が、その人のノートになります。
あの日Dr.EKOがローラ博士に見せたのも、そうやって何年もかけて自分の寸法に合わせたものでした。
見せてもらった側が言ったのは、内容がすごい、ということではありません。
この形なら人が使える、ということです。
立派な手法を前にして、自分には使いこなせないと引く。
その引き方が要らなくなります。
渡されるのは完成品ではなく、削り足しできる形のほうだからです。
人の形に合わせていたところが、自分の形に合わせるところになります。