日本では、見つかりませんでした
幸せになるための手順を教えてくれる人を、Dr.EKOは日本で探していました。会いに行った先で返ってきたのは、所属の案内です。手順そのものを扱う人には、行き当たりませんでした。
何年か続けて、探し方が悪いのだろうと考えていました。自分の理解が足りないから見つからない、という向きの結論です。
行った先には、普通にいました
体の専門家としてスタンフォード大学に招かれたとき、状況が変わります。探していた種類の人が、そこにはゴロゴロいました。
頭を割られる思いだった、とDr.EKOは振り返っています。日本で何年もかけて見つからなかったものが、場所を変えたら、当たり前のようにそこにありました。
しかも1人ではありません。研究として扱っている人が何人もいて、互いに議論をしている。探していたのは特別な誰かではなく、こういう場そのものだったと分かりました。
見つからなかった理由は、探す側にはありませんでした
見つからなかったのは、探し方が下手だったからではありません。その領域を扱う人が、その時期の日本にはまだ少なかった、ということです。
これは、いま同じ探し方をしている人にも当てはまります。見つからないとき、原因は探す側の熱心さではなく、探している場所のほうにあることがあります。同じ場所で探す回数を増やしても、増えるのは疲れだけです。
見分け方は一つあります。何度探しても同じ種類の答えしか返ってこないときは、探し方ではなく、その場に置いていないと考えたほうが早いです。
見つけたものを、日本語の順番に直しました
Dr.EKOはそこで教授と親しくなり、真面目に学んでいます。学んだものを、日本語の言い回しと日本の生活に合わせて組み直したのが、いまのスラトレ®です。
同じものを探しに海を渡らなくても、日本語で読めるところに置いてあります。今夜ノートを1冊開けば、そこから始められます。
組み直すときに手を入れたのは、たとえの部分です。英語で語られていた例をそのまま訳すと、日本で暮らしている人の場面には当たりません。職場の言い回し、家族との距離、休みの取り方。そこを日本の日常に置き換えました。
中身は変えていません。変えたのは、読んだ人が自分の一日に当てはめられるかどうかのところです。海を渡って手に入れたものを、渡らずに受け取れる形にしたのが、いまのスラトレ®です。
日本にその場が無かったこと自体は、いまも大きくは変わっていません。だからこそ、探しに行かなくても届く形にしておく意味があると考えています。
スラトレ®は、自分の才能を、自分で扱えるようになるためのメンタル思考トレーニングです。いまの才能タイプと思考のクセが六角形で出る、30の質問を置いています。