自分がどこにいるのか、気になり始めます
ファイターは、何かと戦いながら生きている段階です。自分を追い込み、歯を食いしばり、気力で前に進もうとする時期で、成果が出ることもあるものの、消耗が続けばどこかで息が切れていきます。サバイバーは、戦うことをやめて、なんとか日々をしのぐ段階。嵐をやり過ごすような時間です。スライバーは、自分のなかから湧き出るエネルギーで、いきいきと花開いていく段階。戦うのでも、ただしのぐのでもなく、自分の色で、自分のペースで、花を咲かせていく時期です。スラトレ®では、人生の生き方をこの三つで捉えるモデルを使っています。
この三つを知ると、次に来るのは、いま自分はどのあたりだろう、という問いです。そして、その見方をひとつ間違えると、この地図は自分を測る物差しに変わってしまいます。
一度上がると、落ちない段があります
- Transcender/超越
- 「今回の人生で到達は難しい」と置いてある段です。
- スライバー Thriver
- 自分のなかから湧き出るエネルギーで、いきいきと花開いている段。この中でも、日によって多少の上下はあります。
- サバイバー Survivor
- 戦うことをやめて、なんとか日々をしのぐ段。固定概念の時代を、生き延びた人。
- ファイター Fighter
- 固定概念の戦争の、真っ最中。歯を食いしばって、気力で前に進んでいる段。
図の中の黒い線は、ファイターとサバイバーを囲む道です。ここを、くるくる走っています。
評価のためではなく、見立てのためにあります
このモデルは、人を段階で評価するためのものではありません。いま自分がどのあたりにいるのかを、自分で見立てやすくするための、地図のような役割を果たすものです。
多くの方が、三つの段階のどこかを生きています。そして、自分のペースで次の段階へと移っていく可能性があります。見立ての主語は、いつでも自分です。誰かに判定してもらう位置ではなく、自分で見立てる現在地です。
責めずに見る、という使い方
大切なのは、いま自分がどこにいるかを、責めずに見つめることです。自分に必要な段階を、自分のペースで歩んでいくこと。休息と回復が必要なときには、サバイバーでいることが自分を守ってくれます。しのいでいる時期にすることは、自分がいまどの段階にいるかを、責めずに確かめることです。しのいでいる時期を、遅れとして数える必要はありません。
一方で、しのぐ時期にずっと留まり続けると、本当はこう生きたかった、という感覚から離れていってしまうこともあります。責めずに見る、というのは、見ないことではありません。見つめたうえで、責めない、という順番です。
このモデルが受講生に伝えられているのは、静かな自己理解の助けにするためです。位置を知ることが目的であって、位置で自分を裁くことは目的に入っていません。
行き来する場所と、落ちない場所
ファイターとサバイバーのあいだは、一方通行ではありません。戦っていた人がしのぐ時期に入り、しのいでいた人がまた戦い始める。同じ人のなかで、何度も入れ替わります。
サバイバーからスライバーへは、そうではありません。一度その感覚を掴んだ人は、下の二つへ戻りません。ただしスライバーの中でも、日によって多少の上下はあります。今日は少し曇っていると感じる日も、段が落ちたのではなく、同じ段の中での揺れです。なお、具体的にどう自分の段階を見立て、次へと移っていくかは、初級コースのなかで丁寧に扱われています。
行き来した日も、揺れた日も、後退した日ではありません。そう数えなくなると、同期の進み方や同じ講座に出ている人の様子も、自分がいまどちらの時期にいるかを確かめる材料として使えます。週末に予定を入れるかどうかも、人がどう過ごしているかではなく、今週の自分がどちらの時期にいるかで決められます。スライバーの週には、本当はこう生きたかったと思っていたことを、週末の予定に入れて動くことを目指します。