変わるきっかけって、大きな出来事がないと来ないですよね?
皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。
変わるきっかけは、大きな出来事の日に来ると思っていた
何かが変わるときは、大きな出来事があった日だと思われがちです。
転職、引っ越し、病気、別れ。
人生が動く場面には名前がついているので、そこでしか変われないように見えます。
けれど、名前のつく出来事は、多い人でも数年に一度です。
その日を待っているあいだ、残りの日は使えないことになります。
実際には、感情が動く場面は一日の中に何度もあります。
コンビニの列で前の人が支払いに手間取ったとき。
返信が来ないまま昼になったとき。
子どもの一言に、思ったより強く反応してしまったとき。
数え始めると、朝から夜までのあいだに何十回とあります。
感情が動いた瞬間が、そのまま入り口になる
感情が動いた瞬間は、頭の中で何が起きているかがいちばん見えやすいときです。
何も起きていないときに自分の考え方を観察するのは、風のない日に風向きを調べるようなものです。
動いたときにしか、向きは分かりません。
だから、動いた瞬間に一つだけやることがあります。
何が起きたのか、そのとき自分がそれをどう読んだのかを、切り離して書きとめる。
列が進まなかったという事実と、私は軽く見られているという読み方は、別のものです。
書き分けてみると、事実のほうは短いことがほとんどです。
長いのは読み方のほうです。
そして長い読み方は、たいてい、その場で作られたものではありません。
以前どこかで作った読み方を、今日の場面に当てはめています。
入り口が一日に何十回もあるというのは、こういう意味です。
感情が動いた回数だけ、自分の読み方を見る機会があります。
全部を使う必要はありません。
一日に一つ拾えば足ります。
入り口の数は、年齢や職種では減らない
この入り口の数は、年齢でも性別でも、職種でも収入でも変わりません。
二十代の会社員にも、五十代の経営者にも、同じように感情が動く一日があります。
忙しい人のほうが、むしろ回数は多いくらいです。
差がつくのは、やるかやらないかだけです。
ここは残念ながら、代わりにやってくれる人がいません。
誰かに読んでもらって整えてもらうと、その場は軽くなりますが、次の場面でまた同じ人が要ります。
だから、書き方のほうを覚えます。
人に預けずに自分で扱えるようになると、夜中でも、出張先でも、相手のいない場所でも使えます。
道具を持ち歩けるかどうかの話です。
一日一つ拾うと、どこで暮らしていても使える
一日一つを二週間続けると、拾い方が身につきます。
そうなると、いつもの通勤路が観察の場になります。
同僚の一言も、会議の空気も、材料になります。
特別な時間を確保しなくてよくなるので、続きます。
そのころには、朝の支度の途中で自分の機嫌に気づけるようになります。
気づけると、その日の予定の順番を自分で変えられます。
重い話を午前に置き、軽い作業を午後に回す。
そういう調整が、人に相談せずにできるようになります。
半年たつと、暮らしの場所そのものが変わって見えます。
同じ駅、同じ職場、同じ家族なのに、朝起きた時点で今日がどう転ぶか自分で読める。
読めるので、先に手が打てる。
人の言葉に一日を持っていかれる回数が、はっきり減ります。
