資質があるのに、そこで止まる方がいます
初対面で「信頼できる」と感じる方がいます。話し方、聞き方、相手への向き合い方。人を預かる仕事に向いている、と周りが自然に思う方です。
ところが、そういう方ほど、いざその仕事へ進む段になって止まることがあります。深く共鳴し、やりとりを重ねたうえで、「今はやめておきたい」と離れていかれる。背景をうかがうと、「まだ自信を持ちきれていない」という言葉が出てきます。他者との比較や、過去の失敗の記憶が効いていることもあります。
この感覚は、社会から長く離れていた方や、勤務という形態で長く働いてこられた方によく見られます。
与えられた枠の中と外では、使う力が違います
限られた環境の中で仕事をこなすことに長けていても、自分で選び、責任を持ち、創造していく側に立つと、切り替えに戸惑うことがあります。前者は与えられた枠の中で精度を上げる力で、後者は枠そのものを自分で引く力です。同じ仕事ができるという言い方でも、中身は別のものになります。
人を預かる仕事の多くは、事業の形をとります。個人事業主として開業するのか、法人を立てるのか、形はいくつも選べます。ただ、どの形をとっても、自ら立って、決めて、動くところは変わりません。
事業の経験がある方には、こんな恵まれた機会はない、と映ります。経験のない方にとっては、まったく未知の世界になります。
技術だけでは、人のところまで届きません
人柄として信頼できる方であっても、技術を守り抜く強さや、事業にする技術がなければ、渡せないものがあります。
理由はひとつです。技術を学んだのに、それを仕事にできないまま終わる方を、たくさん見てきたからです。事業として成り立たなければ、身につけた技術は人のところまで届きません。
それに、人の心理を扱う技能には、使い方を誤れば人を誤った方向へ動かしてしまう側面があります。短期間で取得できてしまう資格に警鐘が鳴らされるのは、この危うさがあるからです。浅い知識で扱うほど危ないものは、そう多くありません。
在り方まで、外から見られています
たとえば、食の大切さを説く方が、普段はコンビニ弁当とカップ麺で済ませていたら、聞いた側はどう感じるでしょうか。環境を守る仕事をしている方が、家では環境に負荷の大きい洗剤を使っていたら、どうでしょうか。
技能そのものは変わらなくても、受け取る側の信頼は揺れます。人を預かる仕事は、資格の名前ではなく、在り方と価値観の一貫性のところで見られています。だから進むかどうかを決める前に、自分をもう一度整理する時間が要ります。
引き止めたり説得したりする人はいません。自分の足で立つと決めたときに、初めてその仕事は始まります。焦らず、でも目をそらさず。
在り方まで見られていると分かると、看板を整える作業が減ります。整える先は、日々の暮らしのほうへ移ります。
自分の生活と、人に伝えることが揃っていくと、話す言葉に力みが要らなくなる。演じて得ていた信頼が、そのままの自分で受け取れるものに替わります。