バスケットボール一筋の人生が、なぜ社会貢献になるのか
あるとき、偶然出会った動画で、ある選手の姿が目に留まりました。
その選手は何度も怪我に泣き、満足にプレイできない時期から一度は引退、そして復帰。紆余曲折を経て、今もなおボールを追いかけています。小さい頃からずっとバスケットボール一筋で、「バスケしかできない」「バスケしか知らない」と語る方です。
けれども、そのバスケットボールを通して、選手は立派に社会貢献をしていました。
被災地・能登を「バスケ」で元気づける──地域と競技を結びつけるその取り組みは、生き方そのものが貢献になっていることを感じさせてくれます。
スラトレ®が目指す「自己成長と社会貢献の統合」
スラトレ®(メンタル思考トレーニング)では、本来なら長い時間をかけて行う自己成長を、独自のメソッドで効率化することを目指しています。
その分、自分と向き合うために費やす時間が短くなれば、残る人生時間を他の目的に使えることが期待できます。
その時間を社会貢献に充ててほしい──これが開発者の願いです。スラトレ®は自身のエゴや利益のためだけに使われるのではなく、周りの人や社会を照らす方向にエネルギーが向かうことを大切にしています。
Q. 「社会貢献」と聞くと肩がこるのはなぜ?
「残りの人生をすべて社会貢献に」と考えると、肩に力が入る人は多いのではないでしょうか。
日本では特に、「社会貢献=大きなことをしなければならない」という先入観が根強くあります。でも、本当にそうでしょうか?
自分にできることだけで、十分
このバスケ選手が教えてくれるのは、
自分にできることを、できる範囲で続けるだけで十分
ということです。
気持ちを見せるだけで、それは立派な社会貢献です。
- もしご自身の人生が苦悩に満ちたものであっても、その苦悩を乗り越えた先の喜びを語るだけで
- あるいは「大変だよね」と共感するだけで
それはもう120点を超える社会貢献になります。大きな寄付や派手なアクションだけが、社会を支えているわけではありません。
まとめ
- 社会貢献は「大きなこと」をすることではない
- 自分にできることを、自然体で続けるだけで十分
- スラトレ®は、自己成長で空いた時間を社会へ向けることを大切にする
- 能登を応援するバスケ選手のように、「好きなこと×地域」の掛け算も立派な貢献
社会貢献を難しく考えてしまっている方は、肩の力を抜いて、自分にできる小さな一歩から始められます。
この記事の要点
- 社会貢献は「大きなこと」をする必要はない
- 能登をバスケで応援する選手の活動が、生き方そのものが貢献になる好例
- スラトレ®は、自己成長で空いた時間を社会に振り向けることを大切にする
- 「好きなこと×地域」「経験を言葉にする」だけでも立派な貢献
大きなことをしなければ、と思っているうちは、社会貢献は予定表の一番下に置かれます。今月も時間が取れなかった、と数える月が続きます。
好きなことの隣に置くと、順番が動きます。バスケを続ける人が能登を応援したように、すでにやっていることの向きを少し変えるだけで足ります。義務として絞り出した力は、その月で尽きます。好きだから出ている力は、翌月も残っています。人の役に立ち続けるのは、たいてい後者です。
免責事項
スラトレ®(メンタル思考トレーニング)は自己成長を目的としたトレーニングであり、医療行為・心理療法ではありません。