ほめ言葉のはずなのに、重く感じることがあります
ちゃんとしている。真面目だ。責任感がある。どれも評価の言葉です。それでも、言われるたびに少し重くなる感覚が残ることがあります。
がっかりさせないように。迷惑をかけないように。大人としてふるまえるように。そうやって置いた基準は、たいてい下げにくくなります。一度その水準で応えてしまうと、次からはそこが出発点になるからです。
しかも、うまくいっているあいだは誰も止めません。止まるとしたら、続けている側が先に限界に触れたときです。
資質そのものは、消耗の原因ではありません
きちんとやる力は、身につけるのが難しいものです。細かいところに気がつく、先を見て手を打つ、任されたことを最後まで持つ。どれも仕事の中では効きます。
消耗に変わるのは、力そのもののせいではなく、引き受ける範囲が決まっていないときです。どこまでが自分の担当で、どこからが違うのか。線が引かれていない状態でこの力を使うと、目に入ったものが全部自分の担当に見えてきます。
しかも、線を引かないほうが、その場は静かに収まります。誰かに確認する手間も、断る説明も要りません。だから範囲は決まらないまま、少しずつ広がっていきます。
重さに変わったときに、出てくるもの
境目は分かりにくいのですが、いくつか兆しがあります。
本当は疲れているのに、大丈夫と答えている。納得していないのに、はい、と返している。断る理由を、相手が納得しそうな形に組み立ててから話している。
どれも一度なら自然なやりとりです。ただ、それが続いているとき、自分の状態を伝える回路のほうが先に閉じていることがあります。閉じたまま引き受け続けると、輪郭が薄れていく感覚になります。
厄介なのは、この状態でも仕事が回ってしまうことです。回っているあいだは問題として扱われません。だから、気づくのは本人だけということになりがちです。
手を抜く、では解決しません
この状態に対して、力を抜こう、適当でいい、といった助言が返ってくることがあります。ただ、きちんとやる力を持っている人にとって、それは実行できない指示です。できないことを言われると、できていない自分がもう一つ増えます。
助言の向きも少しずれています。問題は力の強さではなく、その力がどこまで届く設定になっているかのほうにあります。強さを落とす話ではなく、範囲を決める話です。
減らすのではなく、線を引く。何を引き受けて、何を引き受けないのか。そして、自分がいまどう感じているのかを、まず自分に対して言葉にする。順番としては、こちらが先に来ます。
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