「嫌われたのだろう」までが、ひとまとまりに見える日
メッセージの返信が、いつもより遅い。それだけのことなのに、きっと嫌われたのだろう、という考えまでが一続きになって押し寄せてくる。そんな日があります。
このとき、頭のなかでは二つの別のものが重なっています。「返信が遅かった」は、実際に起きたことです。「きっと嫌われたのだろう」は、その出来事に自分がつけた意味です。スラトレ®では、前者を事実、後者を解釈と呼び、この二つを分けて理解することを思考整理術のひとつとして大切にしています。
事実はひとつ、解釈は人の数だけあります
事実とは、実際に起きたことそのものです。誰が見ても同じように記述できる、動かしようのない出来事です。一方の解釈は、その事実に自分が意味づけをしたもので、同じ事実に対しても人によって変わります。
この二つが重なったままだと、解釈のほうを事実として受け取ってしまい、苦しさが倍増していきます。解釈を事実だと思い込んでいる状態は、自分の思考に気づかないまま巻き込まれている状態でもあります。ネガティブな解釈を事実として扱ってしまうと、存在しない攻撃に自分が反応してしまうこともあります。
分けて置き直すと、余白が生まれます
事実と解釈を分けて理解する視点を持てると、「これは事実、これは自分の解釈」と置き直せるようになります。置き直せると、その解釈を別の角度から眺めたり、他の解釈の可能性を考えたりする余白が生まれます。この余白こそが、自立型トレーニングの要だと考えています。
人は知らないうちに、いくつもの解釈を事実として積み重ねながら生きています。「私は愛されない」「私は何をしてもダメ」。こうした言葉も、振り返れば事実ではなく解釈であることが多いのです。事実と解釈を分けるという視点は、固定概念からの解放に繋がります。自分を縛っていたものが、実は動かせる解釈だった。そう気づけた瞬間、視界が少し開けていきます。スライバーになる旅では、自分を縛ってきた借り物の解釈を、一つずつ見直していく時間が訪れます。その一歩目となるのが、この視点です。
人との関係にも、静かに波及します
この視点は、自分自身を扱うときだけでなく、人との関係にも静かに波及します。相手の行動を解釈で色付けして受け取っていた場面で、「これは事実、これは私の解釈」と分けられるようになると、不必要な摩擦が減っていきます。
相手を責める前に、自分の解釈を一度見直してみる。この習慣が定着すると、日常の小さなストレスが少しずつ軽くなっていきます。なお、どんな問いを立てて事実と解釈を分けていくかの具体的な進め方は、初級コースのなかで一つずつ扱われています。
スラトレ®は、自分の才能を、自分で扱えるようになるためのメンタル思考トレーニングです。いまの才能タイプと思考のクセが六角形で出る、30の質問を置いています。