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噂が流れて、友人が1人残らずいなくなった日

休職して地元へ戻ったあと、交友関係が一度、ゼロになりました。

公開日:2026年8月13日 / 人づきあい

診断書1枚で、休職に入りました

Dr.EKOは診断書を受け取り、休職に入って、関西の地元へ戻っています。働く場所も、毎日会う人も、いったん全部が止まりました。

休職そのものは、手続きとしては簡単です。紙が一枚あればいい。止まるのは仕事だけだと、このときは思っていました。

噂のほうが、先に着いていました

戻ったころには、休職の理由についての噂が流れていました。本人が説明する前に、話のほうが先に届いていた、ということです。

そのあと、友人と呼んでいた人たちは、1人残らずいなくなりました。当時の交友範囲は、1つの投稿に100から200のいいねがつく規模です。その全部が、静かになりました。

残らなかったのは、順調なときと関わっていた関係でした

このとき残らなかったのは、順調な状態のDr.EKOと関わっていた関係です。肩書き、勢い、集まりの中心にいること。その条件が外れたときに、関係のほうも一緒に外れました。

痛い出来事ですが、ここで分かったことがあります。何がその関係を成り立たせていたのかは、条件が外れたときにしか見えません。順調なうちは、どちらであっても同じように見えています。同じ食事の席に着き、同じように笑うからです。

いいねの数も、同じ性質のものでした。数が多いほど関係が厚いように見えますが、数が測っているのは厚さではありません。

いまの交友関係は、当時とは別の作りです

いまDr.EKOの周りにいるのは、順調でない時期を知っている人たちです。人数は当時よりずっと少なく、その代わり、話す内容の深さが違います。

海の見える丘の上の家で、パートナーと暮らしながら、その少数の人たちと続く付き合いをしています。会う回数は多くありませんが、次に会ったときの続きから話が始まります。近況の説明が要らないぶん、一回の食事で進む話が違います。

一度ゼロになったからこそ、いまの顔ぶれは自分で選んだものになりました。順調なときに集まってきた人ではなく、順調でないときにも残った人のほうを、あとから足していった結果です。

人数が減ることを、はじめは損失として数えていました。いまは、名簿が短くなったぶん、一人ずつに使える時間が増えたと考えています。誕生日に連絡する相手が20人から4人になれば、4人にはその日のうちに電話ができます。

もし当時、噂が流れずに全員が残っていたら、いまの4人には出会えていません。順調なままだと、誰が残る人なのかを見分ける機会が来ないからです。

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※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。