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噂が流れて、友人が1人残らずいなくなった日

休職して地元へ戻ったあと、交友関係が一度、ゼロになりました。

公開日:2026年8月8日 / 人づきあい

診断書1枚で、休職に入りました

Dr.EKOは診断書を受け取り、休職に入って、関西の地元へ戻っています。
働く場所も、毎日会う人も、いったん全部が止まりました。

休職そのものは、手続きとしては簡単です。
紙が一枚あればいい。
止まるのは仕事だけだと、このときは思っていました。

噂のほうが、先に着いていました

戻ったころには、休職の理由についての噂が流れていました。
本人が説明する前に、話のほうが先に届いていた、ということです。

そのあと、友人と呼んでいた人たちは、1人残らずいなくなりました。
当時の交友範囲は、1つの投稿に100から200のいいねがつく規模です。
その全部が、静かになりました。

残らなかったのは、順調なときと関わっていた関係でした

このとき残らなかったのは、順調な状態のDr.EKOと関わっていた関係です。
肩書き、勢い、集まりの中心にいること。
その条件が外れたときに、関係のほうも一緒に外れました。

痛い出来事ですが、ここで分かったことがあります。
何がその関係を成り立たせていたのかは、条件が外れたときにしか見えません。
順調なうちは、どちらであっても同じように見えています。
同じ食事の席に着き、同じように笑うからです。

いいねの数も、同じ性質のものでした。
数が多いほど関係が厚いように見えますが、数が測っているのは厚さではありません。

いまの交友関係は、当時とは別の作りです

いまDr.EKOの周りにいるのは、順調でない時期を知っている人たちです。
人数は当時よりずっと少なく、その代わり、話す内容の深さが違います。

海の見える丘の上の家で、パートナーと暮らしながら、その少数の人たちと続く付き合いをしています。
会う回数は多くありませんが、次に会ったときの続きから話が始まります。
近況の説明が要らないぶん、一回の食事で進む話が違います。

一度ゼロになったからこそ、いまの顔ぶれは自分で選んだものになりました。
順調なときに集まってきた人ではなく、順調でないときにも残った人のほうを、あとから足していった結果です。

人数が減ることを、はじめは損失として数えていました。
いまは、名簿が短くなったぶん、一人ずつに使える時間が増えたと考えています。
誕生日に連絡する相手が20人から4人になれば、4人にはその日のうちに電話ができます。

もし当時、噂が流れずに全員が残っていたら、いまの4人には出会えていません。
順調なままだと、誰が残る人なのかを見分ける機会が来ないからです。

※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。