夜の台所で、洗い物の手が止まる。
なんとなく、しんどい。でも、どこがどうしんどいのか、うまく言えない。
「これくらい、みんな我慢してるし」
そう思って、明日の支度に戻る。こういう夜を何度か過ごしたことがある、という方は少なくないと思います。
このとき、頭の中では小さな計算が行われています。みんな我慢している。つまり、自分が感じているものは特別ではない。だから、口に出すほどのことではない。
その計算は、正しいのでしょうか。
調べてみたところ、半分だけ当たっていました。「みんな我慢している」──こちらは本当でした。けれど、そこから続く「だから口に出すほどのことではない」のほうは、数字を見ると、そうとも言えなかったのです。
国の調査を、並べて読んでみました
ここから数字が出てきます。急いで読める形にしてありますので、数字のところだけ拾っていただいても大丈夫です。
まず、しんどさを感じている人が、どれくらいいるのか。
52.4%
日々の暮らしで悩みやストレスが「ある」と答えた女性(男性は43.0%)
厚生労働省「令和元年 国民生活基礎調査」
60.4%
同じ質問に「ある」と答えた30代・40代の女性。10人のうち6人
厚生労働省「令和元年 国民生活基礎調査」
働いている時間は、実は同じでした
一日の時間の使い方を国際的に比べた調査があります。
家事・育児・介護のような、お金にならない仕事。日本では女性が一日224分、男性が41分。5倍以上の差です。ここまでは、聞いたことのある方も多いかもしれません。
おどろくのは、この先です。
496分
女性が「その日に働いた時間」の合計(8時間16分)
内閣府男女共同参画局「令和2年版 男女共同参画白書」コラム1(OECD 2020)
493分
男性の同じ合計(8時間13分)。仕事と家事を全部足すと、ほとんど同じ長さ
内閣府男女共同参画局「令和2年版 男女共同参画白書」コラム1(OECD 2020)
つまり、片方が長く働いているのではありませんでした。同じ長さだけ働いていて、中身が違う。そして家事や育児の側には、終業時刻がありません。
「なんとなく、ずっと気が張っている」の正体は、たぶんここにあります。
眠りと、体のこと
59.1%
30代女性のうち、一日の睡眠が6時間より短い人
厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査」
81.9%
月経による不調で生活に支障を感じている人(20代では86.4%)。それでも「生理休暇を利用しづらい」と答えた人が18.4%
内閣府男女共同参画局「令和6年版 男女共同参画白書」
38.3%
更年期の症状がある可能性のある50代女性
厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査」(2022年)
9.1%
そのうち、医師の診断を受けた人
厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査」(2022年)
38.3%と9.1%。この差が、そのまま「言えていない」の大きさです。
そして、誰に言っているのか
ストレスを誰に相談したか、という質問があります。
77.1%
女性が相談した相手は「家族や友人」
厚生労働省「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)」
52.4%
女性が「上司」に相談した割合。男性は「上司」が68.9%で一番多い
厚生労働省「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)」
相談できる人がいる、という点では女性のほうが多いのです(95.9%)。それなのに、変えられる立場にいる相手には、届いていません。
仕事を辞めた理由を聞いた別の調査には、こんな答えが並びます。「仕事を続ける自信を失った」約60%。「職場に迷惑をかけると思った」30%あまり。
ここまでの数字が言っていること
これらの数字は、「がんばりが足りない」とは一言も言っていません。言っているのは、こういうことです。
しんどさを感じている人は、多い。
それを、変えられる相手には言えていない。
そして、体のことは、いちばん言えていない。
「これくらい、みんな我慢してる」は、事実として当たっていました。
けれど、それは「だから言わなくていい」の根拠にはなりませんでした。みんなが我慢しているのは、みんなが平気だからではありません。みんなが同じ理由で、言えずにいるからです。
でも、数字は「なぜ言えないのか」までは教えてくれません
そこで、もう一つ別のものを読み返しました。
スラトレ®のブログには、2021年から書いてきた記事が200本あります。今回、その全文を読み直しました。32万字ありました。
探したのは、記事の中に出てくる「頭の中の声」です。相談の場面で、実際に口にされた言葉のほうです。
そうすると、声には形があることが見えてきました。ばらばらではなく、6つの形に収まったのです。
頭の中でしゃべっている、6つの声
VOICE 1
自分に点をつける声
「ちゃんとしなきゃ」「まだまだだね」「あの人はできてるのに」
できたことは数えず、まだ足りないところを先に見つける声です。人からほめられた直後に、心の中で打ち消してしまう。あの感じです。
VOICE 2
人を先に立てる声
「嫌われたくない」「私が我慢すればいい」「迷惑はかけられない」
自分の分を、いつも列の後ろに置く声です。「今日、何が食べたい?」と聞かれて、すぐに答えが出てこない。あれもこの声の仕事です。
VOICE 3
感じたことを打ち消す声
「気のせいだよ」「このくらい大丈夫」「前向きでいなきゃ」
ざわついたものを、その場で流していく声です。肩が急に重くなっても、胃のあたりが締まっても、「忙しいから」で通り過ぎます。
VOICE 4
決めつけが先に立つ声
「きっとこう思われてる」「どうせ私なんて」「私にできるわけない」
手がかりが少ない場面で、先に答えを出してしまう声です。返信が遅い。ただそれだけの出来事に、もう物語がついています。
VOICE 5
止まれない・動けない声
「休んだら終わる」「やらなきゃ、なのに」「◯◯だから、やらなきゃ」
アクセルとブレーキが、自分では決められなくなる声です。手を止めない理由を探し続ける日もあれば、やることは分かっているのに動き出せない日もあります。
VOICE 6
自分の言葉が出ない声
「言っても無駄だし」「どれを選んでも不安」「答えはどこかにあるはず」
自分の言葉と自分の選択が、外に出ないようにする声です。言いかけて、飲み込む。決めきれずに、もう少し調べる。
数字と、声が、同じ場所を指していました
読み比べていて、静かにおどろいたことがあります。この6つの声と、さきほどの数字が、ぴたりと重なるのです。
「迷惑はかけられない」は、上司に相談できていない52.4%と同じ場所にいます。
「このくらい大丈夫」は、生理休暇を利用しづらい18.4%と、更年期で受診した9.1%の、その差の中にいます。
「◯◯だから、やらなきゃ」は、家族の介護を担っている人の72.7%が女性、という数字の中にいます。
数字は「何人がそうか」を教えてくれます。声は「どうしてそうなるか」を教えてくれます。片方だけでは、半分しか分かりませんでした。
この声たちは、敵ではありません
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
「ちゃんとしなきゃ」がいたから、落とさずに済んだ仕事があります。「嫌われたくない」がいたから、壊れずに済んだ関係があります。「このくらい大丈夫」がいたから、乗り切れた時期があります。
どの声も、これまでその人を守るために働いてきた係です。だからこそ、しつこく出てきます。仕事熱心なのです。
消す相手ではありません。
スラトレ®(メンタル思考トレーニング)では、この声のことをネガティブちゃんと呼んでいます。追い払うのではなく、「ああ、そこにいたんだね」と見つけて、話を聴く。そこから始めます。
数えてみる、という入口
声は、消そうとしても、なかなか消えてくれません。抑え込んだぶんだけ、地下水のように溜まっていきます。
けれど、数えることはできます。
いま、いちばん出番が多いのはどの声か。それが分かるだけで、「なんとなくしんどい」が「この声が、今日は忙しかった」に変わります。
言葉になったものは、扱えるようになります。
夜の台所で手が止まったとき、「これくらい、みんな我慢してる」の代わりに置ける言葉が、一つ増えます。
本記事で紹介した数字は、いずれも本人の申告にもとづく調査の結果です。症状の重さや、医学的な診断とは別のものです。年代別の数字は、同じ方を追いかけたものではなく、「いまの◯代の方がこう答えている」という意味の数字です。
本記事は自己理解のための読みものであり、診断や治療にあたるものではありません。体調のことで気になることがある方は、医療機関にご相談ください。
出典
- 厚生労働省「令和元年 国民生活基礎調査」(悩みやストレスの有無)
- 内閣府男女共同参画局「令和2年版 男女共同参画白書」コラム1(生活時間の国際比較/OECD 2020)
- 厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査」(睡眠時間)
- 内閣府男女共同参画局「令和6年版 男女共同参画白書」(月経による不調・生理休暇)
- 厚生労働省「更年期症状・障害に関する意識調査」(2022年)
- 厚生労働省「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)」(相談相手・ストレスの内容)
- 労働政策研究・研修機構 リサーチアイ第70回「働く女性の更年期離職」(2021年)
- 厚生労働省「令和4年 国民生活基礎調査」介護票(介護の担い手)
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