本当に「今」が見えているか——日常に潜む小さな盲点
私たちは、日々の「モノ・コト・ヒト」を、本当に見えているのでしょうか。
仕事や家事に追われる中で、目の前の景色や人を、ただ通り過ぎてしまっていることはありませんか。
見ているつもりで、見ていない。
この問いを考えるきっかけになった、スラトレ®受講生さんの体験があります。
駅のエスカレーターでの気づき——スラトレ®受講生のエピソード
スラトレ®受講生さんの記事には、こんな体験が綴られています。
仕事の帰り道、駅のエスカレーターで目の前の女性にイライラした。
でも、よく見たら、その人は大きなお腹の妊婦さんだった。
「あ、私、全然周りを見ていなかった…」とハッとしたそうです。
「目の前にあるものさえ、ちゃんと見えていない」——そう気づいた瞬間でした。
(個人の感じ方であり、変化を保証するものではありません)
特別な場所で起きた気づきではありません。
仕事の帰り道という、いつもの時間の中での出来事でした。
過去と未来に引っぱられると、「今」が小さくなる
頭の中が「あのときああすればよかった」「この先どうなるんだろう」でいっぱいになっているとき、目の前の人や景色は、輪郭がぼやけてしまいます。
「あのときああすれば」は過去へ、「この先どうなる」は未来へ、それぞれ私たちを連れていく思考です。
連れていかれているあいだ、体は目の前にあるのに、注意はここにありません。
過去を悔やむ思考と、先を案じる思考が場所を取るほど、「今」の取り分は小さくなっていきます。
スラトレ®では、こうした思考の癖に気づくこと自体を、大切な一歩として位置づけています。
まず「引っぱられていた」と気づく。
エスカレーターの体験も、その一歩でした。
あなたは今、どんな未来を選びますか——Dr.EKO博士からのメッセージ
「今」を丁寧に味わうことは、決して特別なことではありません。
一呼吸置いて、目の前の人の表情や、足元の感触に意識を向けてみる。
それだけで、世界の解像度は少しずつ上がっていきます。
あなたは、今、どんな未来を選びますか。
そのヒントは、過去でも未来でもなく、いつも「今ここ」に置かれています。
帰り道でその日を反省し、寝る前に明日を心配する。
その往復の合間に、いま目の前にあるものを一つ受け取って帰れる日が入ります。
同じ道、同じ時間なのに、持ち帰るものが増える。
過去と未来に配っていた注意が、今日の自分の手元に戻ります。