同じ形の相談が、いくつも届きます
経営者の方から寄せられる相談に、よく似た形のものがあります。うちの社員は自己肯定感が低くて困っている、見ていてイライラするほどだ、なんとかしてもらえないか。そういう相談です。
同じ形は、職場の外でも出てきます。うちの夫が、うちの妻が、うちの子が、うちの親が。主語が入れ替わっても、中身は変わりません。相手をなんとかしたい、という一点で共通しています。
そう思うこと自体は、相手を軽く見ているから起きるのではありません。放っておけない気持ちが、そのまま言葉の形になっているだけです。
人と組織に、一回で効く式は立ちません
内閣府の「令和元年版 子供・若者白書」では、日本の若者の自己肯定感が、欧米6カ国と比べて最も低いという結果が示されています。目の前の一人だけを見ていると個人の性質のように映りますが、もっと広い範囲で起きていることの一部でもあります。
経営の場では、投じた分に見合う戻りを見たくなります。1,000円を出したら1,000円分。ただ、人の心と体については、この式が立ちません。
この薬を飲めば血圧が下がる。面談を一度受ければ自己肯定感が上がる。手術を受ければ元通りになる。どれも一部は事実でも、それだけで片づくという保証はありません。人材育成が人材投資と呼ばれるのは、時間の幅とばらつきを見込むものだからです。
見る場所を、相手の側から自分の側へ
面談の依頼では、こんなやりとりになることがあります。社員と面談してもらえないか。ご本人の意向はどうか。いや、聞いていない。
社員は大切な存在ですが、子どもではなく、自立した一人の大人です。本人の同意のないまま面談を指示されれば、自分はだめな側に置かれたのか、と受け取られることもあります。良かれと思って組んだ手配が、話しにくさのほうを増やしてしまうこともあります。
組織心理学の分野では、リーダーの感情と思考の質が、チーム全体の空気を決めることが知られています。スタンフォード大学で教えるLaura Delizonna氏は、感情知性、英語でEmotional Intelligenceと呼ばれる力が、リーダーシップの核心にあると論じています。だとすると、点検する場所がもう一つ増えます。イライラという感情は、どこから来ているのか。なんとかしてほしいという発想は、相手を問題として見ていないか。
これは人格の話ではありません。役割には、その役割に特有の思考の癖がついてまわります。
数値を受け取った日は、思考を見るのにも向いています
健診の結果を受け取った直後は、自分の体を落ち着いて見直せる数少ない機会です。同じ日に、思考の現在地も一緒に置いてみる。血圧や体重と並べて、自分の考え方の癖を眺める、という使い方ができます。
見るところは四つに絞れます。相手をなんとかしたいという発想が、強く出ていないか。イライラの背景に、自分自身の思考の型がないか。相手への関わり方を、本人の同意なしに決めていないか。健診の数値と同じように、思考の現在地を定期的に見ているか。
思考の側が整理されると、次のような変化が起きやすいとされています。なんとかしたい、が、まず理解したい、に変わる。イライラの正体が自分の中にあったと気づく。声のかけ方や場の空気が自然に変わる。結果として、社員が自分を表現しやすい風土が育つ。現れ方には個人差があり、ここに挙げたのは一般的な傾向です。
言葉遊びを一つ。うちのだめな社員、という見方を、うちのshineへ。shineは英語で輝くという意味で、社員と音が重なります。輝く者どうしの相乗効果が生まれてはじめて、人への投資が戻りを生みます。組織全体で働く意欲と仕事の質を輝かせること。それが健康経営の中身だと考えています。その一歩目は研修ではなく、リーダー自身の思考を整えるところにある、という順番になります。
ここまでが、社員の自己肯定感が低いと感じたときに、最初に見る場所の話です。
ただ、四つを点検して癖が見えたあと、相手にどう関わり直すのかは、また別の問いになります。良かれと思って組んだ手配が、なぜ逆の合図として受け取られるのか。
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