「先生の言葉がすべて」——「教祖化」とは、どういうことでしょうか
自己啓発やスピリチュアルの世界では、講師が神格化されてしまうケースが少なくありません。
「先生がいないと前に進めない」「先生の言葉がすべて」——そんな空気感のなかで、受講生が自分の判断軸を失ってしまうこともあります。
Dr.EKO博士は、スラトレ®の設計段階からこの危険性を強く意識してきました。
どれだけ受講生の人生に影響を与えるトレーニングであっても、受講生がDr.EKO博士に依存する関係になってはならない——これは譲れない一線です。
「受講生の人生の主人公は、受講生自身だから」——なぜ教祖化を拒むのでしょうか
Dr.EKO博士の答えはシンプルです。
「受講生の人生の主人公は、受講生自身だから」。
主人公が自分であり続けるためには、伴走者は一歩引いた位置にいる必要があります。
必要なときに助けになり、必要がなくなったら笑顔で送り出す——Dr.EKO博士が描くトレーナー像は、最初から「卒業していただくこと」を前提にしています。
答えを与えず、問いを返す——依存させない仕組みは、どう作られているのでしょうか
スラトレ®には、依存関係が生まれにくい設計上の工夫がいくつもあります。
ひとつは、トレーニングのゴールが明確に設定されていること。
受講生は「卒業」という地点を見据えながら、一歩ずつ歩みます。
もうひとつは、Dr.EKO博士が答えを与えず、問いを返すスタイルを貫いていること。
答えを握っているのは受講生自身——この構造がトレーニングの中に組み込まれているため、受講生が「先生が答えを持っている」と錯覚しにくくなります。
スライバーは、自分の足で立つ人
スラトレ®が目指す到達点は「スライバー」という生き方です。
スライバーとは、自分の足で立ち、自分のなかから湧き出るエネルギーで繁栄していく人のこと。
Dr.EKO博士は、受講生がスライバーになっていくためには、最後まで「自分で決める」経験を重ねていただく必要があると考えています。
教祖化した関係のなかでは、この経験が育たない——だからこそ、Dr.EKO博士は教祖化を断固として拒みます。
卒業していく背中を見送るトレーナー
スラトレ®のトレーニング設計は、受講生が卒業していく日を前提にしています。
Dr.EKO博士は「一生サービスを受けてください」とは決して言いません。
むしろ、「もう自分で扱えますね」と笑顔で送り出せる日を、心から願っています。
せっかく生きるのなら、スライバーで生きてみないか?
——そう問いかけながらも、最終的に歩くのはあなた自身です。
Dr.EKO博士が伴走するのは、その一歩を踏み出す力を取り戻していただくためのひとときなのです。
決める前に、まず誰かに聞いてしまう。
次に会える日が決まっているかどうかで、一週間の落ち着きが変わる。
ここからは、抜けられます。
抜けたあとは、迷ったときに人へ聞く前に、自分の考えを一度紙に書き出せます。
答えをもらうためではなく、確かめるために人に会えます。
そのうち、手を離せる日のほうが目標になります。
誰かの正しさに合わせていた選択が、自分の判断で決める選択に変わります。