AIが書ける時代に、残っている領域
AIは、高い品質で文章を生成できます。その上で、AIが出す文章には、無難で平均的になりやすい、書き手固有の視点や体験が抜けがち、という特徴があります。そして「伝わるか」は、最終的には読み手が決めます。
届く文章に欠かせないのは、書き手固有の視点と、それを伝える技術。ここは、いまも人間側の領域です。だからこそ、AIが文章を量産する時代にも、他者のフィードバック、つまり添削という営みが働く場所が残っています。
人の目で、初めて見えてくる三つ
添削で得られるものは、三つに整理できます。一つ目は、自分では気づけない癖です。冗長な言い回し、主語のズレ、読み手を意識しない展開。自覚が難しい癖を具体的に指摘してもらえることが、いちばん大きな価値です。
二つ目は、読み手を意識する視点です。誰のために、何を、どう並べるか。この設計力は、フィードバックの反復でしか磨かれません。三つ目は、文章構成の型です。結論の先出し、章立ての論理、例と抽象化の往復。こうした型は、自己流だけでは掴みにくい領域です。
「分かったつもり」と、お金の誤解
書き慣れてくると、「分かったつもり」「書けているつもり」に陥ります。この状態では、同じミスを繰り返しやすく、成長の速度も鈍り、読者の反応にも鈍感になっていきます。「分かる」とは何かを考えるには、養老孟司氏の著書『ものがわかるということ』が参考になります。
もう一つの誤解が、お金を払えば文章力が手に入る、という見立てです。2,000円払えば2,000円分の上達が、10,000円払えば完成形が、すぐ手に入るわけではありません。上達は時間差で表れ、反復と内省の分だけ伸び、書き続けることそのものが訓練になります。無形の価値への評価が低い文化圏では、プロの技術の背後にある膨大な努力が見落とされがちです。
書く過程で出てくる気持ちも、材料になる
書いているうちに、格好つけたいという気負い、誰よりも評価されたいという競争心、どうせ誰も読まないという諦め。そんな気持ちが出てきます。スラトレ®では、こうした感情を「ネガちゃん」と呼んでいます。書き手の奥に潜んでいて、文章に微妙な違和感として表れます。気づき、言語化し、整える。この過程そのものが、書き手の成長になります。
発信の機会は増え続けています。信頼できる読み手を2〜3人持つこと、プロのフィードバックに定期的に触れること、書く過程で出る感情にも目を向けること。この三つを意識するだけで、発信は大きく変わります。成長する過程そのものを、楽しんでいきたいものです。
スラトレ®は、自分の才能を、自分で扱えるようになるためのメンタル思考トレーニングです。いまの才能タイプと思考のクセが六角形で出る、30の質問を置いています。