心療内科で言われたこと
職場に行けなくなったDr.EKOが心療内科にかかったとき、医師はこう言いました。立派なうつ病だから、仕事を休みなさい。
見立ては、その場でついていました。休職の必要も、同じ場で決まっています。ここまでは、めずらしい診察ではありません。
変わっていたのは、そのあとに医師が言い添えたことでした。
診断書には、別の言葉が書かれました
その医師は、診断書を書くときにこう言い添えています。うつ病と書いてしまうと、このあとキャリアを再生できなくなるから、うつ病1歩手前と書いておく、と。
医学的な見立てと、書類に残す言葉を、その医師は分けて考えました。書類は本人の手を離れて、職場にも、その先の場面にも回っていくからです。
診察室の中では、見立てはその人のためのものです。診察室を出た瞬間から、同じ紙が別の役割を持ちます。人事の判断材料になり、記録として残り、何年かあとの話し合いにも出てきます。
休む判断のほうは、変えていません
これは、見立てを曲げた話ではありません。休むという判断は変えずに、書類に残る言葉のほうを、本人が戻ってこられる形にした、ということです。
当時の職場の世界では、うつ病という記載が、そのあとの配属や復帰の話し合いに影響することがありました。医師はそれを知ったうえで、記載の言葉を選んでいます。
休む長さも、休む理由も、伝えた内容も変わっていません。変えたのは、紙の上に残る一行だけです。
その配慮の意味は、あとから分かりました
このときのDr.EKOには、その一行の意味は分かっていませんでした。分かったのは、実際に戻って働きはじめたあとです。
いま同じ場面に立って診断書を受け取る人がいたら、そこに書かれた言葉には、書いた人の選択が入っていることがあります。一枚の紙が、その先の何年かの通り道を広げたり狭めたりします。
Dr.EKOはそのあと医師として復帰し、いまは体の側と心の側の両方を仕事にしています。あの日の一行がなければ、この二本立ての形にはなっていませんでした。
この話には、もう一つの側面もあります。書き方を工夫しなければ通り道が狭くなる、という状態そのものが、当時の職場のほうの事情だということです。診断名で人の先を決めてしまう仕組みがあるかぎり、書く側は毎回この判断を迫られます。
受け取る側にできるのは、その一行を鵜呑みにしないことです。紙に書かれた言葉と、自分の状態と、これからやりたいことは、それぞれ別に置いて考えられます。
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