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健診で異常なし、でも疲れが取れない——「精神的自由」という視点

数値はすべて正常範囲。でも、なぜかすっきりしないし、疲れが取れない。

公開日:2026年5月2日 / からだのこと

朝起きたとき、すでに疲れている気がする——数値が正常でも「疲れる」のはなぜか

健診の結果が返ってきた。数値はすべて正常範囲。でも、なぜかすっきりしない。疲れが取れない。朝起きたとき、すでに疲れている気がする。

そんな経験はありませんか?

整形外科専門医・産業医として多くのエグゼクティブと向き合ってきた中で、気づいたことがあります。

「体の疲れ」と「精神的な疲れ」は、別の場所から来ている場合があります。そして後者は、休んでも取れないことがある。

眠る時間を増やしても、横になる時間をつくっても、その感じが残ります。そういうときに動いているのは、体の疲れとは別のものかもしれません。

休んでいるのに、頭の中は休めていない——私がバーンアウトで倒れたとき

私自身もかつて、バーンアウトで倒れた経験があります。当時は労働しなければ収入が止まる仕組みしか持っていなかった。休んでいるのに、頭の中は休めていない——あの奇妙な状態を、今も覚えています。

体は横になっているのに、頭のほうが止まっていない。休むことが、休むことになっていない状態です。

「精神的自由」とは何か

精神的自由とは、お金や時間の状況に感情が左右されない状態のことです。

収入への不安がある限り、どれだけ体を休めても精神は休めない。これは根性論でも気合いの問題でもなく、構造の問題です。

お金や時間の状況が動くたびに、気持ちのほうも一緒に動いてしまう。そこから離れていられる状態が、精神的自由です。

3つが揃ったとき——経済的自由・時間的自由・精神的自由

経済的自由・時間的自由・精神的自由の3つが揃ったとき、はじめて本当の意味での「回復」が起きやすくなると感じています。

経済的自由は、稼ぐ能力。時間的自由は、余白をつくる力。精神的自由は、心の自律。この3つをまとめて、スライバーが持つ3つの自由と呼んでいます。

3つは独立した要素です。どの順番からでも、自分のバランスで進められます。

健診の数値が正常でも、何かが満たされていない感覚がある。そのときに見る場所は、体の側だけとは限りません。お金や時間の状況に、いまの感情がどれくらい引っぱられているか。そこを見てみると、休んでも取れない疲れの原因が、少し見えてきます。

休んでも取れない疲れに、名前がつきます。体の問題として抱えていたものが、時間やお金との距離の話に変わります。

原因の分からないまま耐える日々から、どこを動かせば軽くなるかを見て動く日々へ。疲れの原因が分かると、休み方まで自分で選べます。

※本記事はDr.EKOの個人的な見解に基づくものです。医療行為・心理療法ではありません。体の不調については医師にご相談ください。