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体を診ても、また病院に来てしまう

整形外科の現場に16年立って、見えてきたことの話です。

公開日:2026年7月15日 / からだのこと

待っているだけでは、追いつきませんでした

Dr.EKOの本業は整形外科で、スポーツの現場にも立ってきました。
病院で待ち、来た人の体を診る。
この形で16年続けています。

その中で見えてきたことがあります。
体を診て、痛みのもとに手を打っても、同じ人がまた来る、ということです。

別の場所を痛めて来る人もいれば、同じ場所で来る人もいます。
共通しているのは、来るまでの過ごし方のほうがほとんど変わっていないことでした。
待っているだけでは追いつかない、というのは、この意味です。

体は診られても、その手前は診ていませんでした

また来る理由は、体の側だけを見ていても出てきません。
どういう場面で無理をしたのか、なぜその無理を引き受けたのか。
そこは診察室の中では扱われないままでした。

人は感情を持って動いています。
引き受けるかどうかを決めているのは、体ではなく、そのときの判断のほうです。

断ると角が立つから引き受ける。
ここで手を挙げないと次がないから引き受ける。
判断の中身はさまざまですが、いずれも体の外側で決まっています。
体はその決定にしたがって使われた結果、あとから音を上げます。

感情を診る病院は、どこにあるのか

ここでDr.EKOが立てた問いが、これです。
体を診る病院はある。
では、感情のほうを診てもらえる場所は、どこにあるのか。

探しても、医療の枠の中には見つかりませんでした。
心療内科や精神科は、症状が出てから行く場所です。
症状が出る手前、日々の判断のところを扱う場所は、別に要るはずでした。

体のほうには、その手前を扱う仕組みが先に整っています。
ジムがあり、ストレッチがあり、フォームを見てもらう場があります。
壊れる前に通う場所が、当たり前にある。
感情の側には、それに当たるものが見当たりませんでした。

手前を扱う形を、自分で組み立てました

待っている場所ではなく、来る手前で使えるもの。
スラトレ®は、その空いていたところを埋めるために組み立てたものです。
診察室の外で、紙とペンだけで進みます。

無理を引き受けた場面をその日のうちに書いておくと、次に同じ場面が来たとき、引き受ける前に一拍おけるようになります。

一拍のあいだにするのは、断る練習ではありません。
いま自分は何に反応して手を挙げようとしているのか、を見ることです。
角が立つのが嫌なのか、次がなくなるのが不安なのか。
理由が分かれば、引き受けるにしても、引き受け方を選べます。

選んで引き受けた仕事は、同じ量でも残り方が違います。
診察室に来る手前で分かれていくのは、たいていこの一拍のところです。

同じ痛みで病院に戻る。
それを繰り返さずにすんだ方は、たくさんおられます。
やったことは、引き受ける前に一拍おいただけです。

一拍おいて選んだ仕事は、終わったあとの疲れ方が違います。
残った時間で、家族と夕飯を食べる。
中断していた勉強を再開する。
病院に来ないための一拍が、やりたいことを増やす一拍に変わっていきます。

※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。