待っているだけでは、追いつきませんでした
Dr.EKOの本業は整形外科で、スポーツの現場にも立ってきました。病院で待ち、来た人の体を診る。この形で16年続けています。
その中で見えてきたことがあります。体を診て、痛みのもとに手を打っても、同じ人がまた来る、ということです。
別の場所を痛めて来る人もいれば、同じ場所で来る人もいます。共通しているのは、来るまでの過ごし方のほうがほとんど変わっていないことでした。待っているだけでは追いつかない、というのは、この意味です。
体は診られても、その手前は診ていませんでした
また来る理由は、体の側だけを見ていても出てきません。どういう場面で無理をしたのか、なぜその無理を引き受けたのか。そこは診察室の中では扱われないままでした。
人は感情を持って動いています。引き受けるかどうかを決めているのは、体ではなく、そのときの判断のほうです。
断ると角が立つから引き受ける。ここで手を挙げないと次がないから引き受ける。判断の中身はさまざまですが、いずれも体の外側で決まっています。体はその決定にしたがって使われた結果、あとから音を上げます。
感情を診る病院は、どこにあるのか
ここでDr.EKOが立てた問いが、これです。体を診る病院はある。では、感情のほうを診てもらえる場所は、どこにあるのか。
探しても、医療の枠の中には見つかりませんでした。心療内科や精神科は、症状が出てから行く場所です。症状が出る手前、日々の判断のところを扱う場所は、別に要るはずでした。
体のほうには、その手前を扱う仕組みが先に整っています。ジムがあり、ストレッチがあり、フォームを見てもらう場があります。壊れる前に通う場所が、当たり前にある。感情の側には、それに当たるものが見当たりませんでした。
手前を扱う形を、自分で組み立てました
待っている場所ではなく、来る手前で使えるもの。スラトレ®は、その空いていたところを埋めるために組み立てたものです。診察室の外で、紙とペンだけで進みます。
無理を引き受けた場面をその日のうちに書いておくと、次に同じ場面が来たとき、引き受ける前に一拍おけるようになります。
一拍のあいだにするのは、断る練習ではありません。いま自分は何に反応して手を挙げようとしているのか、を見ることです。角が立つのが嫌なのか、次がなくなるのが不安なのか。理由が分かれば、引き受けるにしても、引き受け方を選べます。
選んで引き受けた仕事は、同じ量でも残り方が違います。診察室に来る手前で分かれていくのは、たいていこの一拍のところです。
スラトレ®は、自分の才能を、自分で扱えるようになるためのメンタル思考トレーニングです。いまの才能タイプと思考のクセが六角形で出る、30の質問を置いています。