メインコンテンツへスキップ
スラトレ®セミナーを開催しています セミナーに申し込む

専門の道が変わったあとに、何が残るか

ひとつの道を極めることを求められる職業では、その道が変わったときの受け皿が極端に少なくなります。

公開日:2024年3月17日 / からだのこと

相談者

専門の道を続けられなくなったら、何が残るんでしょう?

皆さんこんにちは、Dr.EKO博士です。
毎日をキラッキラに生きるThrive(スライブ)のためのトレーニング、スラトレ®を運営しています。

さて、私にも、手術をやめた日がありました。

手術をやめた日

整形外科専門医として、手の外科を中心に臨床に携わってきました。
骨折の整復、腱の縫合、マイクロサージャリー。
ミリ単位の精度で組織を再建し、患者さんの手が再び動くようになる瞬間が、何よりのやりがいでした。

あるとき、視力に問題が生じました。
マイクロサージャリーに必要な精密な視力を、維持できなくなったのです。
最も自信を持っていた武器を失う。
医師としての自分を根底から揺さぶられる体験でした。
当時の苦しみは、言葉にしきれません。

ひとつの道を極める、という職業の形

医師は、ある意味で「ひとつの道を極める」ことを求められる職業です。
専門を選び、技術を磨き、その領域のエキスパートになる。
レールを外れる人は少なく、外れた先の地図もほとんど整備されていません。

その道が突然断たれたとき、あるいは自分から降りたくなったとき、受け皿が極端に少ないのが現実です。
「この先、ずっとこのペースで続けられるのか」「自分のキャリアは、このままでいいのか」「臨床以外に、自分にできることはあるのか」。
こうした問いが浮かぶ瞬間が、あるのではないでしょうか。

失うのは手技であって、見る目ではありません

臨床を離れてから、スタンフォード大学で感情知性を学ぶ機会がありました。
人の思考と感情がパフォーマンスにどれだけ影響するかを、体系的に理解する時間になりました。

そこで気づいたのは、整形外科医として12年以上培ってきた視点が、臨床の外でもそのまま活きるということでした。
「体と心はつながっている」という見方も、「症状を和らげるだけでなく根本から取り除く」という姿勢も、場所が変わっても持ち出せます。

失うのは具体的な手技であって、医療の本質を見る目ではありません。
ここを分けておくと、転機の見え方が変わります。

「治す」から「育てる」へ、という選び直し

治す医療は、症状が出てから対処します。
手術、投薬、処置が中心で、介入は時間的に限られます。
育てる医療は、壊れる前に働きかけます。
思考、生活習慣、身体の使い方を鍛えるもので、関わり方は長期になります。

手術で体を治す医療から、思考と身体の使い方を鍛える教育へ。
産業医としての知見も加えることで、働く人に向けた形として体系化できました。
専門を極めた経験は、別の形で活きます。

転機が来る前に、現在地を確かめます

医療従事者は、自分の健康を後回しにする文化の中で働いています。
相手のためなら無理をする、休まない、弱音を言わない。
それがプロフェッショナルだと信じてきた方は少なくありません。

転機を経験してわかったのは、「自分を整えることが、結果として最も多くの人を支えることになる」ということでした。
飛行機の酸素マスクと同じで、まず自分に装着してから、隣の人を助けます。
転機は誰にとっても突然やってくる可能性があります。
健康な今のうちに、自分の健康と思考の現在地を確かめておくことが、キャリアを長く続けるための現実的な備えになります。

診療の合間に、自分の脈や息の浅さに気づける余白ができます。
相手のためだから後回し、という順序が外れました。
無理をして支える形をやめて、整えた自分で支えます。
長く続く専門職は、そこで別のものになります。

※本記事は情報提供を目的としており、医療行為・心理療法ではありません。個人の感想であり、効果を保証するものではありません。
Dr.EKO博士

この記事を書いた人

Dr.EKO博士