次の資格を探しているとき
ある理学療法士の方から、認定コーチになりたいのですが、どういう手順でなれますか、という相談が届いたことがあります。
学びの流れと、そこから先の進み方を順に伝えたところ、返ってきたのは、それでもプロになれる保証がないのなら辞めておきます、という返事でした。履歴書に書ける次の資格を探していた、ということだったのかもしれません。
ここに一つ、先に置いておきたいことがあります。資格を取得しても、それだけでは事業にはならない、ということです。
資格には、二つの役割がある
資格と呼ばれているものには、性質の違う二種類が混ざっています。
一つは、業務を可能にするもの。医師免許があれば医業ができ、看護師免許があれば看護ができます。もう一つは、経歴に付加価値を足す学位です。博士号や修士号がこちらに当たります。
この二つは役割が別です。学位を取っても、日々の業務内容そのものが大きく変わるわけではありません。医学と看護の大学院を両方修了し、医学博士と看護博士の学位を持っている方が、学歴も肩書きもそろったけれど結局は心が満たされなかった、と話していたことがあります。
資格を取ること自体が目的になると、また別の何かが足りないのかもしれない、という終わりのない追いかけっこに入りやすくなります。心の奥にある、このままでいいのかな、という違和感。その感覚のほうが、本当に望んでいる形を問いかけていることもあります。
すでに国家資格を持ち、現場で実績も積んでいる。本来ならそれで十分なはずなのに、限られた環境の中で長く働き続けていると、その十分さに自分では気づけなくなることが多くあります。
「活かせない」と感じるとき
国家資格はあるけれど、それをどう収益につなげたらいいのか分からない。認定を取ったけれど、収益化につながらない。この二つは、相談の場でよく出てくる形です。
事業では、資格や学位そのものが収益につながるわけではありません。国家資格に勝る認定資格があるわけでもありません。国家資格はあくまで、特定の業務を行うための許可です。活かせないと感じるのは、力が足りないからではなく、サービスとしての設計がされていないからだ、という見方があります。
問われているのは、どんな資格を持っているかよりも、どんな価値を渡せるかのほうです。医療系の技術が事業として通用するかと言えば、通用します。ただし、誰に、何を、どう届けるのか。この三つを自分で決めておくことが、そこでは前提になります。
形にする、という作業
どれほど専門的な知識があっても、それが形になっていなければ、受け取る側は何に対してお金を払えばいいのか分かりません。逆に、肩書きがなくても、価値のあるものを明確なサービスとして差し出せる人は選ばれていきます。
つまり、持っている技術がサービスとして形になっているかどうかが、分かれ目になります。専門職や支援職として積んできた実績や経験は、そこでの最大の材料です。それを言語化し、体系化し、サービスとして届けられる形にする。そこまで来れば、副業としても、独立した事業としても、確かな出発点になります。これ以上、次の資格を追いかけなくても始められる、ということでもあります。
自分が何を渡せるのかを言葉にしていく作業が、そこでは中心になります。
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